Monday, March 31, 2025

失われた仮想通貨と“希望の鍵”——マウントゴックス事件の軌跡(2011年〜2014年)

失われた仮想通貨と"希望の鍵"——マウントゴックス事件の軌跡(2011年〜2014年)

マウントゴックス事件は、2014年に東京を拠点とするビットコイン取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」で発生した、当時世界最大規模の仮想通貨流出事件である。Mt.Goxは一時、世界のビットコイン取引の約7割を占める圧倒的な影響力を持つ取引所であったが、2014年2月、突如としてビットコインの引き出しを停止した。その数週間後には全取引を停止、ウェブサイトも閉鎖され、最終的に東京地裁に民事再生手続きを申請するに至る。取引所側の発表では、顧客資産75万ビットコインと自社保有10万ビットコイン、計85万ビットコインが「失われた」とされ、当時の相場で総額約4億7500万ドル、日本円にして約500億円に相当する空前の損失であった。

この事件は決して一夜にして起きたものではなかった。後の調査によって、少なくとも2011年頃から、Mt.Goxのホットウォレット(インターネット接続された即時用の資金保管先)からビットコインが外部に不正に引き出されていた痕跡が明らかになっている。ビットコインの取引特性を逆手に取る「トランザクション可変性(Transaction Malleability)」という脆弱性を悪用し、送金記録を操作することで重複送金を装う手法も使われたとされる。さらに深刻だったのは、Mt.Gox内部の会計や資産管理がずさんであり、長期にわたり誰も資産の正確な残高を把握していなかったことである。犯行が外部によるハッキングなのか、内部者による不正なのか、あるいはその両方なのか。真相は完全には明かされていないが、技術的な脆弱性と運営の�
�さが重なった末の、静かな崩壊だった。

2014年2月7日、Mt.Goxは「技術的な問題により」引き出しを一時停止すると発表したが、具体的な説明はなされなかった。そして24日には全ての取引を停止し、28日には民事再生手続を申請。後日、同社は「旧ウォレット」から20万ビットコインが見つかったと発表し、実際の損失は65万ビットコインに修正された。しかし、すでに信用は崩壊し、ビットコイン価格は事件前の約800ドルから一時400ドル台まで急落した。

事件後、2015年には元CEOのマルク・カルプレス氏が業務上横領などの容疑で逮捕されるが、2019年には横領容疑については無罪判決が下された。裁判を通じて明らかになったのは、彼が技術者であっても経営者としては未熟であり、セキュリティ体制や会計管理が著しく不十分であったという事実である。ビットコインという新しい通貨の自由な広がりが、逆に制度や規律の未整備を許していたともいえる。

この事件は、仮想通貨という新たな経済圏にとっての試練であり、教訓であった。事件を契機に、日本政府は資金決済法を改正し、仮想通貨交換業者に対する登録制や顧客資産の分別管理を義務付けた。一方、ユーザー自身も、中央管理に依存するリスクや自己資産保管(コールドウォレット等)の重要性に気づかされることとなった。

そして皮肉にも、事件後のビットコイン価格の高騰が、破産手続きから民事再生手続きへの変更を促す結果となった。2023年以降、裁判所主導のもと、被害者たちへの弁済が順次開始され、当時の損失評価を上回る返済が実現しつつある。「失われた仮想通貨」に希望が戻るまでには、10年近い歳月が必要だった。マウントゴックス事件は、仮想通貨の可能性と危うさ、その両極を象徴する現代の寓話である。

No comments:

Post a Comment