電子の獣は湯を沸かす 2013年秋、ロシアを揺るがした中国製家電の静かな反乱

電子の獣は湯を沸かす 2013年秋、ロシアを揺るがした中国製家電の静かな反乱

2013年秋、ロシア・サンクトペテルブルク地方において、中国から輸入された家電製品にスパイチップが埋め込まれていた事件が発覚した。対象となったのは電気ケトルやアイロンなどの一般家庭用製品で、一見するとごく普通の道具に見えるが、内部にはWi-Fiモジュールを備えた不正なマイクロチップが忍ばされていた。

これらの機器は電源を入れると自動的に周囲の無線LANを探索し、セキュリティが脆弱なネットワーク、特にWEP暗号を使用しているものに侵入して接続する。そしてその回線を通じてスパムメールの送信やマルウェアの拡散を行い、さらには大規模なボットネットの一部としてサイバー攻撃に加担していたとされる。家庭に置かれた日用品が、知らぬ間に情報戦争の兵器として機能していたのだ。

ロシアのサイバーセキュリティ専門家たちは、ネットワーク監視中に検知した不審な通信を追跡し、その発信源が意外にも家庭用家電であることに気づいた。この発見により、ロシア当局は対象の中国製品の押収と流通ルートの調査を開始。メディアもこれを大きく取り上げ、国内での不安と警戒感が一気に高まった。

この事件は、当時世界的に注目されていたHuaweiやZTEなど中国製通信機器へのスパイ活動疑惑とも重なり、ロシアにおいても中国製電子機器全体への不信を深める決定的なきっかけとなった。湯を沸かす家電が、国家の通信網に静かに牙を剥く。その不気味な事実は、サイバー空間の戦争がいかに私たちの日常に潜んでいるかを突きつける象徴的な事件として、大きな波紋を呼んだ。