沈黙の家電たち ― 中国からの密かな侵略(2013年秋)
2013年10月、ロシア・サンクトペテルブルク地方にて中国から輸入された家電製品に潜むサイバー兵器の存在が発覚した。問題となったのは電気ケトルやアイロンといった一見なんの変哲もない製品である。だが、それらの内部には密かに組み込まれたWi-Fiモジュール付きのスパイチップが潜んでいた。
これらの家電は使用時に自動的に周囲の無線LANネットワークを探知しセキュリティが甘いWEPなどの脆弱なルーターに侵入して接続する。いったん接続されると、それらはスパムメールの大量送信やマルウェアの拡散、さらには攻撃用のボットネットとして利用されることが可能になるという。つまり、無防備な家庭に置かれたこの"日用品"たちはサイバー戦争の静かな前線と化していたのだ。通信可能距離は200メートル程度あり隣家やオフィスへの侵入も可能とされた。
ロシアのセキュリティ専門家たちは日常のネットワーク監視業務の中で不審な通信を検出しその発信源を追跡することでこの問題に気づいた。発信元は一般家庭のケトルやアイロンであったという信じがたい事実が判明し家電製品がネットワーク攻撃の足掛かりになっていたことが公になった。ロシア語メディア「Rosbalt」が最初に報道し、のちにGizmodoやThe Registerといった西側メディアも衝撃のニュースとして取り上げた。
ロシア当局は国内の電器店や流通ルートを調査し該当する中国製品の一部を押収。国家的な情報セキュリティの観点から、こうした輸入品の監視強化が議論されるようになった。またこの事件はHuaweiやZTEといった中国の大手通信機器メーカーが西側諸国でスパイ活動の疑いをかけられていた最中に発生しロシア国内でも中国製電子機器全般に対する疑念が高まる要因となった。
沈黙を装った家電が実は情報の狩人であったというこの事件は日常に潜むサイバーリスクの象徴となった。その姿はまるでスプーン一杯の平穏のなかに一滴の毒を潜ませたような静かで巧妙な"現代の侵略"だった。
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