Saturday, April 12, 2025

海を裂く風の影 2009年の風力発電と生態系への問い

海を裂く風の影 2009年の風力発電と生態系への問い

2009年、風力発電の導入が日本でも本格化しつつあった。国内では、北海道や東北など風況に恵まれた地域を中心に、大型風車の設置が相次ぎ、その数はここ七年で実に十倍以上に膨れ上がった。再生可能エネルギーの旗手として称賛される一方で、その静かな拡大の背後には、誰もが見過ごしてきたもうひとつの影が伸びていた。

とりわけ注目されたのが洋上風力発電の可能性である。日本では、陸上に比べて風況が良好な沿岸部や外洋での発電ポテンシャルが非常に高く、着床式で約一八〇〇万キロワット、浮体式に至っては約三八〇〇万キロワットと推定されている。欧州ではすでに着床式による七〇〇メガワット以上の設備が導入されており、日本でもこの流れに続こうという動きが始まっていた。

しかし、洋上風力発電には数多くの課題が立ちはだかる。ひとつは、漁業権との衝突である。海はただの空間ではない。そこには伝統的な漁法と地域の生活が根を張っており、新たな構造物の進出は海の使い手たちとの摩擦を生む。加えて、設置や維持にかかる高コスト、そして何よりも、海洋生態系への影響が懸念されている。

風車の回転は鳥類の飛行経路と交錯し、特に渡り鳥にとって致命的なバードストライク(衝突死)を引き起こす可能性がある。さらに、海中に設置される基礎構造物は、海底環境の改変や音響波の干渉などを通じて、魚類や海棲哺乳類に予測不能な影響を及ぼす。現時点ではそれらの長期的データは不足しており、実証的な安全性の評価は不十分といわざるを得ない。

また、風力発電の騒音や低周波振動が人々の健康に与える影響も報告され始めている。自然豊かな地に設置された風車は、景観の変化とともに、静寂を奪う音の存在として地域住民にとっては複雑な存在となっている。

導入の拡大が善とされがちな再生可能エネルギーだが、その光の裏には確かに影がある。持続可能性を求めるのであればこそ、その拡張が引き起こす「持続されるべき自然」との摩擦に対し、真摯に向き合う必要がある。自然の力を借りて未来を拓くのならば、その自然を傷つけてはならない。風を制する技術の中に、風と共に生きる知恵が必要とされている。

【関連情報】

環境省は「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド」を公表し、騒音、鳥類、海生生物、景観などの影響について慎重な事前・事後調査の必要性を説いている。また、日本生態学会は、風力発電が生物多様性や生態系サービスに与える影響に関する論文を通じ、バードストライクや景観破壊、農地や漁場の機能喪失に警鐘を鳴らしている。WWFジャパンも、風力発電による野鳥や海洋生態系への影響を懸念し、導入に際しては自然環境への負荷の最小化を重視すべきと主張している。

さらに、経済産業省は環境影響評価の手続に関する資料を提示し、調査・検証の体制が不十分な現状を踏まえて、今後の制度的整備の重要性を強調している。日本自然保護協会も、風力発電設備の設置位置が生態系に悪影響を及ぼさないよう、科学的根拠に基づいた場所選定の必要性を提唱している。

これらの情報は、風力発電の光と影、そして環境との慎重な付き合い方を模索するうえでの重要な道標である。

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