Saturday, April 5, 2025

ひとり羅臼の水を守る人

ひとり羅臼の水を守る人

北海道、道東の果てにある漁師町、羅臼。そこでは、誰にも知られぬまま、水道を支える職員が、ただ一人でその業務に向き合っていた。八年という長い年月、組織のなかに担当部署はあれど、実質的には彼だけが、水道という町の命脈を支えていた。書類の山、点検の記録、配管の確認。誰に頼ることもなく、彼は淡々と仕事を続けていた。

北海道の水道事業は、かつてないほどの転機にある。人口減少と節水の意識が重なり、料金収入は細る一方。高度経済成長期に整備された水道施設はすでに老朽化し、更新の必要性は叫ばれながらも進んでいない。令和五十年度には、更新費用が今の一五倍に膨れ上がるとも予測されている。だが、それを支える人も、仕組みも、地方には残されていない。

羅臼では、八年間、水道を見つめる目はその一人だけだった。孤独な業務が続くなか、危機が起きることなく、町に水が届き続けていたことは、ある種の奇跡とさえ言える。水は、流れれば当たり前に思われる。だが、その背後に、名も知られぬ労があることを、私たちは忘れてはならない。

この町の静かな記録は、制度ではなく人が支えるインフラの現実を映し出している。ひとり羅臼の水を守ったその背中に、私たちは耳を澄ませるべきなのかもしれない。

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