### 法廷での「水」をめぐる小事件 ― 1970年代の時代背景とともに
1970年代前半、日本の社会は高度経済成長の終盤にあり、自由化と規制のせめぎ合いが文化面でも顕著でした。永井荷風の未刊原稿とされる「四畳半襖の下張」をめぐる猥褻裁判は、まさにその縮図でした。表現の自由と刑法175条(猥褻文書頒布罪)の衝突が法廷で争われ、文学者・編集者・弁護士らが登場する大きな社会的事件となったのです。
その厳粛な法廷で起こったのが、吉行淳之介の「水事件」です。証言の最中、吉行は喉が渇き声が出なくなり、「水を飲ませてほしい」と裁判長に訴えました。しかし裁判長は「法廷では飲むことは許されません」と即答。これは当時の裁判所における格式と規律を象徴しています。だが吉行は「声が出ない」と食い下がり、最終的に裁判長が「では3分間休廷しますから、その間に飲んでください」と譲歩しました。この瞬間、硬直した制度の中にも人間的な融通が垣間見え、法廷全体に和やかな空気が流れたといいます。
もっとも、給水設備は十分でなく、廊下の水飲み器はペダルを踏んでもわずかな水しか出ず、吉行はやむなく便所の蛇口に顔を突っ込んで直接水を飲む羽目になったと回想しています。文学者が証言台から便所に走り、顔を突っ込んで水を飲む光景は、法廷の厳粛さと人間臭さのコントラストを際立たせ、裁判記録に残るユーモラスな一場面となりました。
この小事件は、当時の日本社会の矛盾を映し出しています。一方で性表現や猥褻の概念は厳しく規制されていたものの、戦後の表現や風俗は急速に自由化しつつありました。水をめぐるやりとりは、そうした「形式と現実」のギャップを象徴的に浮かび上がらせています。裁判長の柔軟な対応は、形式を維持しながらも人間性を重んじる姿勢の現れであり、文化的規範の過渡期における司法のあり方を示す一幕だったといえるでしょう。
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