Saturday, August 30, 2025

環境 大国の矛盾を資源へ変える中国の排出権取引戦略(2007年前後)

環境 大国の矛盾を資源へ変える中国の排出権取引戦略(2007年前後)

2007年前後の国際社会は、京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)を目前に控え、温室効果ガス削減に向けた具体策を各国に求めていた時期である。日本やEUは省エネや再生可能エネルギー導入を政策の柱に据え、米国は連邦レベルでの削減義務を見送った一方で、州単位で排出取引制度(RGGIなど)を導入し始めていた。こうした中で急速に存在感を高めていたのが中国である。

2006年頃、中国は米国を抜き世界最大のCO₂排出国と認識され、エネルギー消費の爆発的増加が国際的批判の的となった。石炭火力への依存はエネルギー供給の七割以上を占め、都市部の大気汚染は深刻なレベルに達していた。他方で、国内経済は年10%前後の高成長を維持しており、世界の「工場」として輸出主導型の産業構造を展開していたため、エネルギー需要は止まることなく膨張していた。この経済成長と環境制約という二重の圧力をどう克服するかが、中国にとって死活的課題であった。

ここで中国が積極的に取り入れたのが、京都議定書に基づく「クリーン開発メカニズム(CDM)」である。これは先進国が削減義務を果たすために途上国で排出削減プロジェクトを実施し、その成果を排出権として購入できる仕組みで、中国はこれを巧みに活用した。風力発電や小水力、廃棄物メタン回収、バイオマス発電など数百件規模のプロジェクトが展開され、全世界のCDM登録案件の半数近くを占めるに至った。その結果、中国は年間30億ドル規模の外貨収入を見込めるとされ、気候変動対策を経済成長と結びつける道を切り開いた。

加えて、2007年前後には国内でも「循環型経済促進法(2008年施行)」や「省エネ法改正」が進められ、産業高度化とエネルギー効率改善が国家戦略に組み込まれた。排出権取引で得られる資金は、再生可能エネルギー開発や省エネ技術導入の後押しとなり、環境対策は「制約」ではなく「成長の糧」として位置づけられていった。

このように2007年前後の中国は、国際的圧力の下で矛盾を逆手に取り、排出権市場を経済戦略の一部へと取り込んだ。環境対策を新たな資源と見なし、国際交渉のカードとしても活用した姿勢は、その後の「低炭素都市モデル」や「全国排出権市場(2021年正式稼働)」へとつながり、今日に至る中国の気候戦略の原型を形づくったのである。

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