Sunday, August 31, 2025

街に絹の声が満ちた季節 田中絹代 1909-1977 昭和前期から戦後黄金期

街に絹の声が満ちた季節 田中絹代 1909-1977 昭和前期から戦後黄金期

田中絹代は、昭和の大衆文化が映画と歌で脈打っていた時代に、松竹の娘役として頭角を現した。「伊豆の踊子」で純情の原風景を刻み、「愛染かつら」では主題歌が街頭に流れる中で国民的熱狂を生んだ。敗戦直後には価値観の転倒とメディアの風当たりで低迷するが、溝口健二「西鶴一代女」で復調し、老いと情念、抑圧と自立を射抜く演技へと深化する。「楢山節考」では肉体の重みと倫理の葛藤をまとい、監督第一作「恋文」では女性の視線で繊細な心理を掬い上げた。同時代の高峰三枝子が気品と舞台性で時代を牽引し、山本富士子が洗練されたヒロイン像を体現したのに対し、田中は方言の親和力と生活感で庶民の実感に寄り添い、娘から老女、俳優から監督まで横断して昭和の感情の帯域を丸ごと担った。

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