Sunday, August 31, 2025

男の長電話―青木雨彦と1970年代の男性像

男の長電話―青木雨彦と1970年代の男性像

青木雨彦は、戦後日本の大衆文化を背景に、日常生活の些細な場面や人間心理を軽妙な筆致で描き出すエッセイストとして知られていた。彼の著作『男の長電話』は、一般に「長電話=女性的」とされていた当時の固定観念に対し、男性もまた電話という媒介を通して心の奥にある不安や愚痴を吐露するのだと描いたものである。「大きな声では言えない秘密」を電話で打ち明ける姿は、70年代の男性心理を象徴的に示すものであった。

当時の日本社会は高度経済成長を経て安定成長期に入り、都市生活が定着していた。企業戦士として働くサラリーマンの姿は理想像とされつつも、家庭や職場で抱える孤独や葛藤は増していた。公の場では強さを演じざるを得なかった男性が、電話という「半匿名的で一対一の空間」でだけ弱さをのぞかせる姿は、時代の息苦しさを映している。

1970年代は電話の普及が一気に進んだ時代である。黒電話が一般家庭に浸透し、友人や恋人との深夜の会話が「長電話」として社会的な現象となった。従来は女性の象徴とされたこの習慣を男性の視点から描いた青木のエッセイは、性別役割に風穴を開ける試みでもあった。男らしさの規範に縛られながらも、本音を洩らす居場所を求める男性たちの姿を、彼はユーモアと共感をもって描いたのである。

『男の長電話』は、笑いを交えつつ、男性が抱える不器用な心情や現代生活のひずみを描き出した作品であった。それは70年代という時代の都市生活と性別意識を映す小さな鏡でもあり、青木雨彦の観察眼の鋭さを伝える一冊である。

――この作品を通じて浮かび上がるのは、強さと弱さの間で揺れる当時の日本の男性像であった。

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