欲望の鎖、新宿の夜 ― 1990年代から2000年代初頭

欲望の鎖、新宿の夜 ― 1990年代から2000年代初頭

歌舞伎町の光景の中でも忘れがたいのが、「欲望の食物連鎖」と呼ばれる人間模様である。サラリーマンは日々の重圧に押しつぶされ、慰めを求めて風俗へと足を運ぶ。その金を受け取った風俗嬢は、承認欲求と虚栄心を満たすためにホストへ貢ぎ、やがてホストは裏カジノに手を出して借金漬けに陥る。取り立てに現れるのはヤクザであり、そのヤクザすら暴対法の網に縛られて警察に追い詰められる。街全体が一つの舞台であり、それぞれが役割を演じるように「食う者」と「食われる者」が入れ替わる。その姿はまさに人間劇場であった。

背景には、バブル崩壊後の不況と社会の歪みがあった。1990年代後半から2000年代初頭にかけて若者の雇用は不安定化し、生活や欲望のために風俗へ流れ込む女性が増えた。彼女たちが稼ぐ金はホストクラブに吸い込まれ、夜ごとにシャンパンタワーが組まれ、誰が一番多く貢ぐかがステータスとなった。ホストたちは金銭感覚を失い、裏カジノで一発逆転を狙い、かえって借金を膨らませた。彼らの転落は歌舞伎町の象徴であり、夢を見せる舞台装置そのものであった。

一方で、暴力団対策法の強化によってヤクザは締め付けられ、街は表向き浄化されつつあった。しかし、その空白を埋めるように中国マフィアや黒人客引きが台頭し、むしろ混沌は深まった。警察もまた規制の名の下に動いてはいたが、彼ら自身が過重労働に苦しむサラリーマン的存在であり、この連鎖の外に立つことはできなかった。

こうして描かれる「欲望の鎖」は単なる比喩ではなく、時代に裏打ちされた現実である。サラリーマンの嘆き、風俗嬢の虚栄、ホストの焦燥、ヤクザの威圧、警察の冷徹。その声は記録には残らずとも、行間から会話のように響き、ひとつの戯曲を読んでいるかのような臨場感を漂わせているのである。