環境 雪の下で燃える火、北を覆う煙、ゾンビ火災の時代 2019年から2025年。
北極圏にも安全地帯はない。氷点下の厳冬でさえ、地中の泥炭はくすぶり続ける。春、乾いた風と酸素がそろえば、越冬した残り火が地表へ立ち上がり、シベリア、グリーンランド、アラスカ、カナダの北方林へ広がる。原著も、極寒の地で泥炭火災が一年中くすぶり、広域延焼の起点になると指摘していた。
当時の背景として、二〇一九年のシベリアでは北方林が広大に焼け、三か月を超える煙霧が続いた。二〇一九年から二〇二一年にかけて、北極域の高温と干ばつが重なり、泥炭が乾き、越冬火災への注目が高まった。
仕組みは単純で、だから厄介だ。炭素に富む泥炭は乾けば着火しやすく、酸素の乏しい地中でも長く燻り続ける。近年は、春の急速な昇温が微生物活動を加速させ、泥炭自体が発熱して臨界を越えるとの仮説も示された。越冬火災を支える雪と地中の相互作用を解く研究も進む。
現在の状態を見渡す。二〇二四年は、北高緯度の総火災排出が衛星記録二十二年の中で上位、夏には北極圏で大規模火災がふたたび観測された。サハ共和国では七月、衛星がツンドラに広がる炎を捉えた。
カナダでは、二〇二四年は二〇〇三年以降で二番目に大きい火災排出の年となり、翌二〇二五年は春から各州で異例の早い立ち上がりとなった。六月初旬、ブリティッシュコロンビア州のフォートネルソン周辺だけで、前年から越冬したゾンビ火災が四十九件と報じられた。州当局も越冬火災への対応継続を公表している。二〇二五年六月には、カナダの煙が五千キロを越えて欧州に達し、北極海やグリーンランドにも流入した。
地球規模でも気温は高止まりの見通しだ。世界気象機関は、二〇二五年からの五年間、記録的高温が続く確率を示し、特に北極の昇温が顕著だと警鐘を鳴らす。高温、乾燥、落雷の組み合わせは、北方林とツンドラの火災リスクを底上げする。
影響は火傷の跡のように残る。越冬火災は燃焼期間が長く、二酸化炭素やメタンの放出を通じて凍土の不安定化を招く。二〇二四年のアークティックレポートカードは、頻発する野火と凍土の変化により、ツンドラが純吸収源から純排出源に傾いたとまとめた。
対策は、監視と初動を厚くする現実解と、原因に切り込む長期解の両輪だ。前者では、越冬火災の早期検出と残火処理、泥炭地の保水と管理火の適切化が要となる。後者では、排出削減の加速なくして北の火はやまない。二〇二五年の予測も、それを裏づける。
要するに、冬は消火ではない。雪の下で火は眠り、春に目を覚ます。二〇一九年から二〇二五年にかけて、その事実は、観測と統計でますます確かになった。では、わたしたちはどう動くか。今季の北の空は、その問いに、煙で答えている。
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