環境 資本に囲い込まれる湿原―釧路メガソーラーの矛盾 2025年
マルクスが『資本論』で描いた資本の本質は、絶え間ない自己増殖と利潤追求の運動にあります。本来は環境保全を目的とするはずの再生可能エネルギーも、この資本の論理に組み込まれるとき、新たな利潤源泉として利用されていきます。釧路湿原におけるメガソーラー事業も、地域再生や環境配慮を掲げつつ、実際には資本の投下先として湿原を囲い込み、利潤の循環に組み入れる姿が見えてきます。
マルクスはまた、資本が労働力だけでなく自然そのものを収奪すると指摘しました。釧路湿原は生態系の宝庫であり、水質浄化や多様な生物の生息基盤を支える不可欠な環境です。しかしメガソーラーの設置は、景観や湿地の生態系に不可逆的な影響をもたらします。環境にやさしいとされる太陽光発電が、設置場所の選定を誤れば自然破壊の力に転じてしまう現実は、まさに資本による自然の搾取の現代的形態といえるでしょう。
さらに深刻なのは外資による囲い込みです。円安や土地価格の相対的な低さを背景に、グローバル資本は地方の土地を買い上げ、発電事業を展開しています。釧路湿原周辺でも外資系企業が参入し、利益は地域外へ流出する一方で、景観の損失や環境リスクの負担は地元に残されます。これはマルクスが言う「原始的蓄積」に似た構図であり、共有的な自然資源が資本によって私的利益のために囲い込まれていく過程と重なります。
こうして「環境にやさしい」という看板の裏で、自然は破壊され、外資の利潤追求が優先されるという逆説が浮かび上がります。資本は環境理念すらも商品化し、持続可能性を標榜しながら、その基盤を損なう運動を繰り返すのです。釧路湿原のメガソーラー問題は、資本主義の矛盾を象徴的に示す現場であり、資本のための自然利用が進む姿を私たちに突き付けています。
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