Monday, August 11, 2025

雑司ヶ谷の若き文士たち―大正期文学青年交歓録(大正時代)

雑司ヶ谷の若き文士たち―大正期文学青年交歓録(大正時代)

宇野浩二が早稲田大学英文学科に学んだ大正期の東京は、自然主義の影響が残りつつも、大正デモクラシーの自由な空気が広がっていた。早稲田は全国から文学青年が集う場であり、菊池寛、直木三十五、坪田譲治、谷崎精二らが同時代に活動していた。菊池が現実主義で人間の弱さを描き、直木が娯楽性を前面に出すのに対し、宇野は心理の襞を細やかに掘り下げた。雑司ヶ谷に家を借り、自炊生活を送りながら仲間を招き、縁側から往来を眺めつつ文学論を交わすその場は、地方出身の文学青年たちが互いを刺激し合う「小さな文壇」であった。そこに現れた近松秋江は、部屋を数歩歩き回り新聞を手に取り、見出しだけを大声で読み上げ、誰とも目を合わせず立ち去るという奇行で、若い文士たちの記憶に深く刻まれた。代表作
『思ひ川』は抑圧された感情と孤独を、『蔵の中』は閉ざされた空間での揺れる心理を描き、内面描写の巧みさを示した。カフェや下宿が交流の舞台だった大正期文壇の空気を、雑司ヶ谷の日々は鮮やかに物語っている。

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