Saturday, August 23, 2025

サイバー暗転する街角 ― 車の遠隔停止と不正侵入の衝撃(二〇一〇年)

サイバー暗転する街角 ― 車の遠隔停止と不正侵入の衝撃(二〇一〇年)

二〇〇八年のリーマン・ショック後、アメリカ社会は急速に不安定さを増していた。住宅ローンの焦げ付きは全米で広がり、失業率も上昇し、人々の生活は根底から揺らいでいた。とりわけ車が生活の生命線となるテキサス州では、自動車ローンの延滞は深刻な問題であり、従来は業者が深夜にレッカー車で回収する危険な仕事が横行していた。暴力沙汰や衝突も日常で、より「安全で効率的な回収手段」が模索されるようになった。

こうした時代背景のもと、販売店は「遠隔停止装置」という新技術を導入した。ダッシュボード下に設置される小さなブラックボックスは、インターネットを通じて販売店のサーバーとつながり、支払いが滞るとワイヤレスでエンジンを停止させたり、警告としてクラクションを鳴らしたりできる仕組みであった。当時進展していた無線通信技術、特に携帯電話網やWi-Fiによる遠隔制御の応用は、IoT(モノのインターネット)の先駆けといえるものであった。

しかし二〇一〇年、オースティンの街はこの技術の脆さを痛感する。ある日、百台を超える車が一斉に停止し、真夜中には制御不能のクラクションが鳴り響いた。原因は単なる故障ではなく、元従業員による不正アクセスだった。解雇への恨みを晴らすため、内部知識と同僚のパスワードを用いてシステムに侵入し、顧客の車を次々と止めたのである。人々は通勤手段を失い、職を守れず、警察も混乱に駆けつけた。

この事件は単なる地域的なトラブルにとどまらず、「IoT社会の影の部分」を世界に示した。車両制御にネット接続を組み込むという革新は、利便性と効率化を約束した一方で、不正侵入による生活基盤の崩壊という新たな脅威を呼び込んだ。暗転する街角に響いたクラクションの音は、サイバー時代におけるリスクの到来を象徴する不吉な警鐘だった。

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