### 遊女の「禿」と「新造」の会話―吉原の裏舞台に息づく師弟のやり取り(江戸時代)
江戸時代の吉原では、華やかな花魁道中や座敷での遊興が人々の目を惹きつけたが、その舞台裏には花魁を支える「禿(かむろ)」や「新造」と呼ばれる存在が欠かせなかった。禿は七歳から十二歳ほどの少女で、花魁に付き従い身の回りの雑務をこなしながら、遊女としての基礎を学んだ。新造はその先の段階にあり、禿を経て花魁に仕える若手で、芸や作法を修めつつ補佐役を務めていた。吉原は幕府公認の遊廓として厳格に管理されていたが、一夜で千両が動くとも言われる繁華な町であり、その華やかさの裏で禿や新造は日々の営みを支え、時に緊張と笑いが交錯する会話を交わしていたと伝わる。
例えば、花魁の道中に付き従う際、禿が「ねえ、あのお侍さん、財布が重そうだわ」と囁けば、新造は「でも無骨そうだから、機嫌を損ねぬよう丁寧に振る舞わねば」と応じる。あるいは座敷に上がる前に禿が「どんな唄を歌えば喜ぶかしら」と尋ね、新造が「江戸っ子には粋な小唄、上方客には上品な舞だ」と諭す場面もあった。そこには実務的な判断と幼さゆえの率直さが混じり合い、花魁の華やかな姿を陰で支える小さな師弟関係の物語があったのである。禿は新造や花魁から作法を叩き込まれ、やがて独り立ちを夢見た。一方の新造もまた、花魁の背を見ながら自らの未来を思い描いた。このように彼女たちの会話は単なる冗談や囁きではなく、江戸の遊廓文化を受け継ぎ生き抜くための知恵と緊張感が込められたものであっ
た。
No comments:
Post a Comment