### 環境 静けさを守る色彩―ドイツVOCゼロ自然塗料の誕生 2002年
2002年当時のヨーロッパは、建材や家具に含まれる揮発性有機化合物(VOC)が健康被害と環境問題の両面で注目を浴びていました。VOCは室内空気汚染の主因であり、シックハウス症候群や化学物質過敏症を引き起こすほか、屋外では光化学スモッグの原因物質として大気環境を悪化させます。EUでは1999年に「VOC指令(溶剤排出指令)」を採択し、塗料や接着剤に含まれる溶剤成分を大幅に規制する動きが始まっていました。そうした中で、ドイツのアウロ社が発表した「VOCゼロ自然塗料」は、規制を先取りした技術革新として社会的関心を集めました。
アウロ社は従来から植物油(亜麻仁油、大豆油など)、天然樹脂(松脂)、蜜蝋や鉱物顔料を用いた自然塗料を手掛けてきました。これまでの自然塗料は「人体にやさしい」が乾燥時間が長く、塗膜の耐久性にも課題が残るとされていました。そこで同社は無溶剤化技術を導入し、VOCを完全に排除したうえで乾燥性や作業性を改善しました。乾燥を早めるためには、油脂の不飽和結合を利用した酸化重合を促進する触媒(金属石鹸)が工夫され、塗膜強度を高めるために天然樹脂やシリカ粉末が補強材として加えられています。
さらに重要なのは、当時普及し始めた「水性塗料」との違いです。水性塗料は有機溶剤の使用量を削減できるものの、樹脂エマルションの安定性を保つために揮発性溶剤や界面活性剤を一部必要としました。これに対しアウロ社の自然塗料は、そもそも石油由来の合成樹脂を用いず、完全に植物由来原料と無機顔料に依拠していたため、環境負荷を一段と低く抑えることに成功しました。これは、後に「バイオベース建材」「カーボンニュートラル材料」と呼ばれる分野の先駆けともいえるものでした。
この技術革新は、公共建築や学校、病院など「化学物質に敏感な人々が集まる空間」での需要に直結しました。ドイツ国内では州政府や地方自治体のグリーン調達基準に組み込まれ、EU域内でもブルーエンジェル認証などの環境ラベル制度に適合することで普及を後押ししました。こうした制度と市場の連動は、自然塗料を「エコ志向の一部」から「標準的選択肢」へと押し上げたのです。
また、この動きは同時期の日本とも共鳴していました。2003年に建築基準法改正でホルムアルデヒド規制が導入され、低VOC塗料や自然塗料が一気に注目されます。つまり、アウロ社のVOCゼロ塗料は、ヨーロッパだけでなく世界全体に「化学物質を使わない建材」という方向性を示し、2000年代初頭の「環境建築革命」を象徴する存在となったのです。
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