「待たせる遊女」と「待つ客」の会話劇―江戸中期の郭における駆け引きと情の演出（18世紀後半）

「待たせる遊女」と「待つ客」の会話劇―江戸中期の郭における駆け引きと情の演出（18世紀後半）

江戸中期の吉原は幕府公許の遊郭として制度化され、花魁たちは芸と教養を兼ね備えた「社交の演者」だった。妓楼で遊女が「ちょっと待っていておくんなまし」と言い残し戻らない場面は、郭独特の"恋の演出"である。待たされた客は怒りつつも、裏切りすら風雅として受け止めた。江戸人は恋の成就よりも過程の儚さに美を見いだし、「振られること」さえ粋とした。遊女は時間を操り、男の心を試す。待つことは粋の証であり、沈黙や遅延が恋を深める手段だった。夜明けまで戻らぬ女を待つ男の姿には、笑いと哀しみが共存し、裏切りさえも美に昇華する。吉原とは、人の愚かさと誠実さを時間の中に映した江戸の恋の劇場であった。