座にあらず、語りにあり―開高健と佐治氏の座談会文化論―1976年頃
1970年代半ば、日本の文壇や出版界では「座談会」という形式が一つの文化的主体として確立していた。特に戦後〜高度経済成長期を経て、社会が急速に変化する中で、複数の作家・評論家が自由に言葉を交わす場として、座談会は「雑誌文化」の主要な表現の一つとなっていた。
この対談で、開高健と佐治氏は、欧米で見られるような「インタビュー文化/対話の記録」と、日本の「座談会文化」との根本的なズレを論じる。たとえばヨーロッパでは、文人同士の対話や思想を録音・記録し、個人の思想を露わにする――そうした「思想の個人史」が重視されやすい一方で、日本の座談会は、複数人での応酬、話の脱線、笑いや冗談、場の湿度や空気感、合議と匿名性を重んじ、思想の『共同生成』を尊ぶ傾向があったと指摘される。
こうした座談会は、ただ思想や文学を語る場というだけでなく、文壇のネットワークや共同体、あるいは地域感性──たとえば関東の理詰めと関西のユーモア的感覚のような土地的/感性的な差異──を浮かび上がらせる装置でもあった。つまり、文章とは別種の「会話」「空気」「関係性」を媒介する文化だったのだ。
近年、この座談会という形式やその歴史性に着目した学術研究もある。たとえば、ある研究プロジェクトでは日本における座談会の成立過程、戦後の座談会の特徴、雑誌における座談記事の編集構造などが詳細に検討されてきた。 (https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15520122?utm_source=chatgpt.com)
その意味で、開高×佐治の対話は、座談会という「語りの文化」の中で育まれた思想的共同体の典型であり、当時の文壇、出版、メディアのありようを映す鏡だった。座談会の軽やかさ、遊び、脱線、共同性――それらこそが、重厚かつ個人主義に偏りがちな "文学" に対するアンチテーゼであり、1970年代という時代の文芸感覚のひとつの象徴であった。
No comments:
Post a Comment