「四畳半襖の下張」初体験をめぐる会話 ― 永井荷風と戦後の青春模様(昭和40年代)
戦後間もない混乱期、性に関する知識は学校でも家庭でもほとんど語られず、旧制中学の少年たちにとって異性の存在は謎に包まれていた。彼らが頼ったのは猥本や仲間内の噂であり、その中でも特別な存在となったのが作者不詳の小説『四畳半襖の下張』である。旅館の息子・豪三が擦り切れた文庫本を持ち込むと、仲間は教室の隅で奪い合うように読み耽った。文語体に苦労しながらも、これまで耳にした猥談を超える生々しい描写に衝撃を受け、少年たちは真剣に解釈を試みた。「急所を親指でいじくる」という一文に直面すると「どうやって指を使うのだ」と議論になり、豪三が「小さいやつが付いているんだ」と説明して皆を驚かせた。このような無邪気で切実なやり取りは、活字を通じて必死に現実を組み立てようとする
青春の縮図であった。
『四畳半襖の下張』は昭和初期から発禁処分を繰り返した猥褻文書であり、戦後に再流通すると「文学か猥褻か」をめぐる激しい論争を呼び、やがて「四畳半襖の下張」裁判へ発展した。裁判では永井荷風や谷崎潤一郎の作品が比較対象となり、性表現と文学性の境界線が問われた。荷風は江戸の艶笑文学や遊郭文化を記録し、たびたび発禁処分を受けながら性を文学に昇華しようとした作家である。その系譜の中で本作も読まれ、猥雑と文学の間を揺れる存在とされた。昭和40年代の学生運動や社会変動の中で、性の解放をめぐる議論は時代の大きなテーマとなり、少年たちの「春本初体験」は単なる思い出ではなく、戦後社会の性規範と表現の自由をめぐる葛藤を象徴する出来事でもあった。
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