Wednesday, December 3, 2025

座にあらず、語りにあり―開高健と佐治氏の座談会文化論―1976年頃

座にあらず、語りにあり―開高健と佐治氏の座談会文化論―1976年頃

開高健と佐治氏の対話は、日本独自の「座談会文化」と、海外のインタビュー文化の違いを軸に展開される。彼らは、エッカーマンのゲーテ対話や、マルロー、プロポといった西洋の知的会話形式を引き合いに出し、日本の座談会が持つ特異性に着目する。日本の座談会は、複数人による雑談的な交流が前提であり、そこに緊張感や文学的仕掛けが介在する点が興味深い。また、関東と関西の文壇の雰囲気の違い、出版社主導で企画される座談会の性質、座における発言の慎重さや即興性についても議論される。佐治氏は「座にあらず、語りにあり」として、日本の言論文化が生み出す空気を重視。開高はそれに応え、文壇の土壌が育んだ知的遊戯性と、自己抑制の効いた文芸空間を語る。座談会という形式のもつ演出的要素と、記録
されることによる言葉の残り方にも話が及び、文芸誌らしい奥行きある内容となっている。会話全体に、昭和文学界の風土と、雑誌文化の豊かさがにじむ好対談である。

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