沖縄本島北部 ヤンバルの森が揺れていた 世界遺産構想と返還問題のはざま(1990年代後半)
沖縄本島北部ヤンバルは亜熱帯常緑広葉樹林が残り固有種が集中する生物多様性の重要地域であった。一九九〇年代後半環境庁は世界遺産候補地として位置付けようとしたが森林帯七千八百ヘクタールのうち半分以上が米軍北部訓練場に含まれ調査や管理に制約があった。転機は一九九六年のSACO最終報告で二〇〇二年までに訓練場の約五三パーセント返還が示され広域の生態系調査と保護区設定が現実味を帯び世界遺産登録への期待が高まった。
しかし返還後の土地利用を巡り地元自治体林野庁環境庁の利害が交錯した。観光振興や林業再生を求める地域と連続した自然保護区を形成したい環境行政の方針が一致せず調整は複雑化した。国際的には生物多様性条約発効を受け固有種保全が重視されIUCNもヤンバルを注目地域として評価していた。ウェブ資料には返還地の扱いが世界遺産登録の成否を左右するとの指摘が残され自然保護基地返還自治体経済が重なる多層的課題であった。
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