Monday, December 8, 2025

沖縄本島北部 ヤンバルの森が揺れていた 世界遺産構想と返還問題のはざま(1990年代後半)

沖縄本島北部 ヤンバルの森が揺れていた 世界遺産構想と返還問題のはざま(1990年代後半)
沖縄本島北部ヤンバルは亜熱帯常緑広葉樹林が広がり固有種密度が高く生物多様性の宝庫として国際的に注目されてきた。一九九〇年代後半環境庁は世界遺産候補地として位置付けようとしたが森林帯七千八百ヘクタールのうち半分以上が米軍北部訓練場に占められ調査と管理が制約されていた。一九九六年SACO最終報告で二〇〇二年までに訓練場の五三パーセント返還が示され世界遺産登録への期待が高まった。

しかし返還地の扱いを巡り地元自治体林野庁環境庁の利害が交錯した。観光振興や林業再生を望む地域と連続した保護区を求める環境行政の間で土地利用調整は容易でなかった。九〇年代は生物多様性条約発効を受け国際的に固有種保全への関心が高まりIUCNもヤンバルを重要地域として注視していた。ウェブ資料には返還後の保全計画の不透明さと政治的課題が指摘されヤンバルの森は自然保護基地返還地域社会経済など多層の問題が重なる象徴的事例であった。

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