北関東・初市に響くテキヤたちの再会 一九八五〜八六年頃
北関東の冬空は澄みわたり、赤城山の稜線が白く光っていました。取材班が駅から八幡神社へ向かうと、境内には三百人を超える男たちが列をつくり、体を揺らしながら再会の握手を交わしていました。黒いジャンパーの肩が触れ合い、毛皮のハーフコートが朝日に鈍く光り、パンチパーマの頭がいくつも並び、若い衆は無言のまま周囲を固めています。初市の受付が始まるこの朝、空気は冷たいのに境内にはむしろ体温の高い熱気が満ちていました。
そこで聞こえてきたのが、あの短く濃い再会のやり取りです。「やあ兄弟元気そうだな」「いやあいま奥州の方から着いたばかりでな三時間しか寝ちゃいないんだ」「相変わらずとびまわってるんだな理事長は元気かい」「この初市には来たいといってな兄弟も来るんだろう」。この声が交わされるだけで境内の風景が立ち上がります。長距離移動の匂い、深夜の高速を走り抜けてきたエンジンの熱が会話の息づかいにそのまま残っているからです。
一九八五〜八六年頃の日本はバブル前夜の高揚と不安が同居していた時代でした。大量消費社会が加速し地方の商店街は衰えつつありましたが、伝統的な市や縁日の価値は再評価され、冬の初市は地域の経済と文化を象徴する催しとして続いていました。北関東では前橋初市まつりが毎年一月九日に開かれ四百年以上の歴史をもつ市として知られています。この祭りでは中心街と国道が通行止めになり縁起物の露店が並び、本書に描かれる初市の光景と重なります。
この頃露店商としてのテキヤは地方都市の季節行事に欠かせない専門職でした。ショバ割りは一年の稼ぎを左右する重大な場面で、それを仕切る庭主たちは地域の影の経営者でもあります。理事長すなわち地元一家の長の健康を気遣う言葉は、単なる挨拶ではなく仕事の土台が揺らいでいないかを確かめる重要な確認でした。
奥州から三時間睡眠で駆けつけた男の台詞は、テキヤが移動を常とする商売であることを端的に示します。当時はまだ携帯電話もなく、重要な相談は必ず顔を合わせて行う必要がありました。だからこそ再会の会話は同業者としての生存確認のような意味をもちます。全国を巡り祭礼の明かりを頼りに暮らしてきた男たちが冬の境内で肩をたたき交わす言葉。その背後には夜の国道を縫うように走ってきたトラックのライトと、長い初市の歴史が静かに流れています。
テントの下では前年の手板が広げられホンドバやガリなどのショバが順に割り振られていきます。中央の稼ぎ場は一番の勝負どころで外れの場所とは売り上げが数倍違うといわれます。そのため境内には緊張が漂い、兄弟同士の再会の言葉は高揚と不安の交じる短い休息のように響きます。
北関東の乾いた風が吹く冬の朝、三百人以上の男たちが再び顔を合わせ互いの無事を確かめ生き抜いた一年を短い言葉で交わし合う。その一瞬の会話には移動の苦労、職能の誇り、土地の歴史、そしてテキヤという生業の宿命が重なっています。奥州から駆けつけた男が笑いながら肩をたたかれるその場面の奥には、北関東の風土と日本の露店文化の伝統が息づいているのです。
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