中国・長江流域の汚染進行―2006年の水危機と生態系への影響
2006年当時、中国は高度経済成長の只中にあり、年間GDP成長率は10%前後という驚異的なペースで推移していました。とりわけ、沿岸部の都市化と工業化は加速し、長江(揚子江)流域はその象徴ともいえる地域でした。上海、南京、武漢などの大都市を抱えるこの流域では、人口増加とともに生活排水・工業排水が急増し、深刻な水質悪化を引き起こしていました。
この時期、中国国内では「水資源の不足」だけでなく、「水の汚染」が最も差し迫った社会問題のひとつとなっていました。環境保護総局(現在の生態環境部)の報告では、長江流域において、化学的酸素要求量(COD)やアンモニア窒素濃度が基準値を大きく超える地点が多数にのぼり、特に中・下流域では、工業団地からの排水や農業における過剰な化学肥料・農薬の流入が原因とされました。
淡水魚の減少は漁業だけでなく、食料安全保障にも直結する問題であり、スズキやコイといった重要種が姿を消し、代わりに耐性を持つ外来魚が繁殖するなど、生態系の構成が変質していました。また、富栄養化によって湖や支流でアオコ(藍藻)が大量発生し、見た目も悪化、水質も悪化するという悪循環に陥っていました。
さらに、同年には長江中下流域で複数の給水障害が発生し、上海や武漢などで断水・取水制限が一部実施される事態に発展しました。飲料水の安全性が不透明な中で、ペットボトル水の需要が急増し、価格が高騰するなど、生活環境にも深刻な影響が及んだのです。
こうした状況を受け、国家環境保護総局は排水基準の見直しを進め、2007年には長江保護のための総合計画策定に着手するなど、ようやく本格的な対応が始まりました。しかし、この時点では依然として地方政府の経済優先政策や、企業との癒着、環境監視体制の脆弱さなどが妨げとなり、実効性は限定的でした。
長江の汚染問題は、単なる「自然破壊」にとどまらず、経済成長と環境保全のバランスをいかに取るかという、中国全体の制度的課題を象徴する出来事でもありました。
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