Monday, August 25, 2025

哀愁と力強さの響き―伊藤久男の軌跡 1910–1983

哀愁と力強さの響き―伊藤久男の軌跡 1910–1983

伊藤久男(1910–1983)は福島県の農村に生まれ、東京音楽学校声楽科で学んだ後、声楽の素養を活かしながら流行歌の世界へ進んだ。重厚なバリトンの響きは力強さと哀愁を併せ持ち、藤山一郎や霧島昇と並ぶ「三大歌手」として昭和歌謡の黄金期を代表した。戦時中は国策に沿って「暁に祈る」などの軍歌を歌い、兵士や国民の士気を鼓舞したが、敗戦後には軍歌歌手としての経歴が逆風となった。それでも映画音楽や流行歌で再起し、「イヨマンテの夜」では異国的で野性的な旋律が復興期の日本人を魅了し、「湯の町エレジー」では庶民の心情に寄り添い、人々の哀歓を掬い取った。

同世代の藤山一郎は清廉で格調高い歌声を持つ流行歌の貴公子、霧島昇は柔和で甘い声で大衆に親しまれたのに対し、伊藤の歌声は庶民の胸に突き刺さる迫力を誇った。藤山の端正さ、霧島の柔らかさと並びつつも、伊藤は強さと悲哀を兼ね備えた稀有な存在であった。軍国主義の時代から戦後の復興期に至るまで、伊藤久男は変転する昭和を歌で体現し、時に兵士を励まし、時に庶民の悲しみを癒やしながら、日本人の心の風景に深く刻まれ続けたのである。

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