岩下志麻―清純から知性へ、移ろう時代の女優像（1960年代〜1980年代）

岩下志麻―清純から知性へ、移ろう時代の女優像（1960年代〜1980年代）

岩下志麻は1941年生まれ。戦後復興から高度経済成長に移る昭和の中で育ち、1958年NHKドラマ「バス通り裏」でデビュー、1960年には松竹と契約し、篠田正浩監督の「乾いた湖」で映画初出演を果たす。同年、小津安二郎「秋日和」に端役で出演し、遺作「秋刀魚の味」では父と娘の情感を繊細に演じて脚光を浴び、大女優への道を踏み出した。60年代は映画産業がテレビに押されつつもスターシステムが残る過渡期であり、吉永小百合、倍賞千恵子、浅丘ルリ子ら同世代の女優と並び立った。吉永が清純派の象徴として国民的人気を博し、倍賞が庶民性で支持を集め、浅丘が都会的な魅力を放ったのに対し、岩下は清楚な出発点から知性と妖艶さをまとい独自の地位を築いていく。1964年の「侍の椿」で父を裏切る複雑なヒロインを演じ清
純派の殻を破り、1969年の「心中天網島」では理知と激情を兼ね備えた姿で新境地を示した。さらに1988年の「華の乱」では与謝野晶子役に挑み、大正期の激動を生きる女性像を体現。岩下の歩みは、女優がスターから演技者へと変貌する時代を象徴し、日本映画の変遷そのものを映し出した。