Wednesday, October 1, 2025

廃棄物処理における鉱山業の歴史と現状-1995年から2024年まで

廃棄物処理における鉱山業の歴史と現状-1995年から2024年まで
2024年12月

1995年の背景と鉱山業の役割
1995年には、静岡県伊豆湯ヶ島町の持越鉱山を拠点とする中外鉱業が、従来の鉱石採掘に加えて廃棄物を資源として活用する新たな事業を展開しました。同社は病院から排出される廃フィルムや写真廃液から銀を回収する技術を駆使し、月産100キログラムの高純度金(99.999%)と15トンの銀(99.99%)を生産。廃棄物処理においては、無害化処理や多目的焼成炉の導入を進めました。また、鉱山業界全体では、全国36カ所の事業所が年間980万トンの廃棄物処理能力を持ち、シュレッダーダストなどの難処理廃棄物にも対応。これらの取り組みは、環境保全と資源リサイクルを目的に進められました。通産省は「リサイクル・マイン・パーク計画」を策定し、廃鉱山のリサイクルセンター化を支援しました。

2000年代の拡大と技術革新
2000年代には、都市鉱山としての鉱山業の役割がさらに強調されました。リサイクル技術の進展により、携帯電話やパソコンなどの電子機器廃棄物(E-waste)から、リチウム、コバルト、タンタルなどの希少金属の抽出が進みました。中外鉱業は静岡県の持越鉱山を中心に、これらの金属を効率的に回収する技術を採用し、リサイクルビジネスの範囲を拡大しました。また、2001年に施行された「循環型社会形成推進基本法」により、リサイクルが国家レベルで推進される中、鉱山業界は産業廃棄物処理の主要なプレーヤーとなりました。

2010年代の深化と多様化
2010年代に入ると、鉱山業の廃棄物処理はさらなる進展を遂げました。電子機器廃棄物の増加と、リチウムイオン電池の普及による需要が重なり、リサイクル対象となる金属の種類が多様化しました。中外鉱業は、静岡県伊豆市の持越鉱山で新たにリチウムやニッケルの回収ラインを構築し、月産規模で数トンのリチウム化合物を供給可能としました。これは、電気自動車(EV)の急速な普及に対応するための措置として大きな成果を挙げました。

また、災害廃棄物の処理でも鉱山業は活躍しました。2011年の東日本大震災では、発生した瓦礫や廃棄物の処理の一端を担い、リサイクル可能な金属を分別し資源化しました。この取り組みは、廃棄物の有効利用と地域再生の両面で高く評価されました。

さらに、企業連携によるイノベーションも進み、国内外の廃棄物処理業者やリサイクル業界との協力が深化しました。特に、希少金属を効果的に分離するための新しい電解技術や化学抽出技術が開発され、効率性が向上しました。2017年には環境省主導で「リサイクル高度化推進プログラム」が策定され、鉱山業はその基盤となる存在として注目されました。

2020年代の展開と現状
2020年代に入ると、中外鉱業は持越鉱山での事業を継続しつつ、さらに高度な廃棄物リサイクル事業へと進化しました。静岡県伊豆市を拠点に、電子機器からの貴金属抽出技術を活用し、引き続き金や銀の生産を行っています。同社は月間約100キログラムの金と15トンの銀を回収するほか、医療廃棄物からの資源回収も進めています。また、災害廃棄物の受け入れや分別・処理においても重要な役割を果たしています。

特に、希少金属やリチウム電池材料の回収は、電動車両(EV)の普及に伴う需要増加を支える基盤となっています。

鉱山業の社会的役割
鉱山業は1990年代から2020年代にかけて、環境負荷軽減と資源リサイクルの両面で重要な役割を果たしてきました。特に、廃鉱山を再利用する取り組みは、広大な敷地や選鉱設備を活用するだけでなく、レアメタルの安定供給や地域の雇用創出にも寄与。この歴史は、鉱山業が単なる採掘産業から持続可能な資源リサイクルの中核へと進化した過程を示し、今後も環境保全と資源循環の分野でさらなる活躍が期待されます。

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