中国青島とインドネシアパレンバン 二つの海の向こうで芽生えた環境協力の道(1990年代)
一九九〇年代アジアの経済成長は加速し工場排水煙廃棄物など環境問題が急速に深刻化した。日本企業にとっても新興市場の魅力と不安が交錯する時代であり青島とパレンバンを舞台にした環境協力はその転換期を象徴する取り組みとなった。
中国山東省青島市では荏原製作所系企業が日中合弁工場を基盤に日本と中国双方で機器調達を行い水処理設備を構築した。改革開放政策が進む一方で水質汚濁は大きな問題となっており日本企業の水処理技術が期待された。青島での協力は産業成長と環境改善を両立させる試みとして注目された。
インドネシアパレンバン市では通産省のグリーン-エイド-プランに基づき天然ゴム工場の排水処理モデルプラントが建設された。高濃度有機排水は悪臭と河川汚濁を引き起こし生態系を脅かしていたため現地に適した低コスト排水処理技術が求められていた。日本の技術移転は将来の普及を見据えた取り組みであった。
九〇年代国際社会では経済協力と環境配慮を統合する枠組みが形成されつつあり青島とパレンバンの事例は日本がアジアの環境課題に向き合い始めた象徴であった。
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