中国ハッカー アメリカによる「政府支配ハッカー集団」という烙印
二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて、米中関係は協力と対立が表裏一体となる不安定な時期にあった。台湾海峡危機や台湾総統選をめぐる緊張、ネット黎明期に頻発したサイバー攻撃などが重なり、米国は中国の若者によるハッキング行為を国家が背後で統制する作戦行動と疑い始めた。二〇〇一年のEP3衝突事件では中国国内のネット上で反米感情が急激に燃え上がり、報復的ハッキングが拡散したため、米国側は紅客を国家の下部組織、あるいはサイバー戦部隊とみなす論調を強めた。
しかし実際の紅客は、政府主導の専門集団ではなく、ネットカフェや大学の端末室から生まれた緩やかな共同体だった。構成員の思想は統一されておらず、愛国心反発心遊び技術的興奮が混在し、明確な指揮系統は存在しなかった。中国政府自身も彼らを管理しきれず、むしろ社会情勢に刺激されて自発的に行動が広がる傾向が強かった。
研究者の多くは、米国の描いた政府支配ハッカー集団という像は、地政学的対立や政治的懸念によって生まれたフレームであり、実態とは大きくずれていたと指摘する。だが皮肉にも、この誤解の拡大と米国の警戒が、中国政府によるサイバー戦能力の制度化を後押しし、紅客という自発的文化は次第に姿を失っていった。米中間の不信が頂点に達したこの時期こそ、紅客=国家の影という物語が確立した背景となったのである。
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