Monday, April 28, 2025

転機の空、迷走する大地――四次防と戦後日本の岐路(1972年〜1976年)

転機の空、迷走する大地――四次防と戦後日本の岐路(1972年〜1976年)

1972年、日本防衛政策の大きな転換点となったのが「第四次防衛力整備計画」、すなわち四次防であった。米ソ冷戦の狭間、ベトナム戦争の終息、そして日中国交正常化という激動の外交転換を背景に、日本は防衛力の質的向上に踏み出した。航空自衛隊にはF-4EJファントムIIが導入され、海上自衛隊は大型護衛艦とミサイル防衛構想を練り、陸上自衛隊も北海道防衛を強化。自衛隊全体が飛躍的な近代化を遂げる計画だった。

しかし、ここに大きな矛盾が立ちはだかる。日中の和解により「中国脅威論」が崩壊し、従来の防衛拡充の口実が失われたのである。政府は急ぎソ連脅威論へと論調を切り替えたが、野党からは「脅威なき軍拡」と批判され、朝日新聞も社説で「別の論理を要する」と警鐘を鳴らした。防衛政策は、ただの軍備拡張に堕してはならないという自戒が、ここには滲んでいる。

こうして四次防は、単なる予算措置ではなく、経済大国として軍事小国にとどまるという日本の自己矛盾を、初めて真剣に突きつけた国家的試練であった。静かだが確実な歴史の岐路に、戦後日本は立たされていたのである。

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