Sunday, May 25, 2025

堕落の彼方に見た真実――坂口安吾と戦後文学の肖像(1906–1955)

堕落の彼方に見た真実――坂口安吾と戦後文学の肖像(1906–1955)

坂口安吾は、戦後日本の混沌と虚無の只中で、一つの思想を掲げて現れた。人は堕ちる存在であるという逆説。それは彼の代名詞ともなった「堕落論」に象徴される。偽善や建前を否定し、人間の弱さや欲望を肯定するその姿勢は、道徳の廃墟をさまよう当時の人々にとって、むしろ救済にも近い思想であった。安吾は新潟に生まれ、早稲田で哲学を学び、デカダン文学に傾倒しながら独自の文体を育てていった。敗戦後、「白痴」「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」など幻想的かつ暴力的な作品群を通して、人間の本質を露わにし、物語の奥に潜む深層心理を描き出した。「戦争と一人の女」では、性と暴力、死の匂いが漂う戦後の倫理的崩壊を、あるがままに描いた。また「不連続殺人事件」では推理小説という枠を借りて、
知性と混沌の交錯を試みた。48歳で夭折した彼の文学は、今なお問いを投げかけ続ける。人はなぜ堕ちるのか、そして堕ちた先に何を見るのか。坂口安吾は、生きるという「堕落」の本質を、最後まで見つめ続けたのである。

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