Friday, May 30, 2025

雷鳥が減ったのはなぜか――保護の名のもとに揺れる自然との距離感 - 2025年5月

雷鳥が減ったのはなぜか――保護の名のもとに揺れる自然との距離感 - 2025年5月
乗鞍岳の高山地帯に生息するニホンライチョウ。かつては本州中部の高山に広く見られたが、今では絶滅危惧種として保護の対象となっている。環境省は2025年5月、5羽の野生個体から精子を採取し人工授精を試みたが、その過程で1羽が命を落とした。だが、この事件の陰にある問いは、単なる失敗ではなく、そもそも雷鳥がなぜここまで数を減らしたのか、という本質的な問題である。

最大の原因は、気候変動による生息環境の崩壊だ。ライチョウは氷河期の生き残りであり、寒冷な高山帯にしか生息できない。そのため、温暖化によって高山帯の植生が変化し、冷涼な環境が失われるとともに、本来下層にしかいなかったキツネやカラスといった天敵の侵入が進んだ。これにより卵やヒナが捕食され、生存率は著しく低下した。

また、観光開発による人為的撹乱も無視できない。登山道の整備やスキー場の拡張、山岳交通の利便化により、かつて静謐だった生息地には年間数十万人の人が足を踏み入れるようになった。人間の接近はライチョウにとってストレスとなり、繁殖活動や採餌行動に悪影響を与えている。加えて、餌となる高山植物の盗掘や踏み荒らしも進み、餌資源の減少がさらなる打撃を与えている。

環境省は、これらの影響を抑えるために捕獲・繁殖・再導入の三本柱による「保護増殖事業」を進めている。しかし、自然を人間の手で管理すること自体が本当に正しいのかという哲学的問いがつきまとう。人工授精という手法もまた、繁殖成功率が低く、自然本来の行動様式からかけ離れた方法である。

雷鳥の減少は、単なる「野生動物の絶滅危機」ではなく、私たちが自然とどのように関わるかを問う鋭い警告である。人間の営為が山を暖め、山を開き、山を近づけた結果、そこに生きるはずだった命が消えていく。その責任を、私たちはどのように引き受けるべきなのか。生息数の回復は手段であり、その先にある「共に生きる」という思想をいかに築くかが問われている。

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