Thursday, May 29, 2025

## 脳が語る真実か――司法に介入するスキャナーたち(2008年9月)

## 脳が語る真実か――司法に介入するスキャナーたち(2008年9月)

2008年、世界各国の司法制度において脳スキャン技術の導入が注目を集めていた。日本とインドという異なる法文化を持つ国々で、それぞれのかたちで「脳の中の証言」が証拠として扱われ始めていたのだ。

ニューヨーク・タイムズが報じたのは、日本の刑事司法における自白偏重の問題である。長時間の取り調べや密室での尋問が常態化する中で自白は重要な証拠とされ続けてきた。しかし自白が必ずしも真実とは限らず冤罪事件がたびたび問題となってきた。こうした背景のもと研究者たちは脳スキャン技術を利用して被疑者の脳活動を解析しその証言が記憶に基づく本当のものかを科学的に検証する試みに取り組んでいる。技術が成熟すれば冤罪の抑止力となる可能性もあるがその一方でプライバシーの侵害や技術の信頼性について慎重な議論が求められている。

一方インドでは脳スキャンが実際の裁判で決定的な証拠として使用された。Reason誌が報じたのはアディティ・シャルマという女性が元婚約者を毒殺した罪で有罪となった事件である。裁判で用いられたのは脳波を用いた技術で被疑者が提示された情報に対して「経験的記憶」として脳が反応するかどうかを検出するというものである。頭部に複数の電極を装着し犯罪関連の文を聞かせた際の脳の反応を記録することで過去の記憶としてその情報を知っていたか否かを判断する仕組みだ。シャルマ自身はこのテストを自ら進んで受けたが最終的にはそのデータが有罪の根拠となった。

しかしこの技術には多くの疑問も投げかけられている。脳波の変化は本当に「記憶の証明」となるのかその解釈は誰がどのように行うのか。また本人の意思にかかわらず脳の内部を覗くことは果たして倫理的に許されるのか。科学的根拠の薄弱さに加えて人権と法の原則に対する深い懸念が表明されている。

こうした脳スキャン技術の法廷での使用はアメリカや欧州の国々ではいまだ限定的であり十分な検証と倫理的整備が不可欠とされている。それでも司法が科学の手を借りて「真実」に迫ろうとする動きは止まらず技術の進歩とともにその可能性と危うさが交錯する時代が始まりつつある。

脳が語るものを法廷がどう聞き取るのか――それは21世紀の司法における新たな挑戦であり科学と倫理制度が複雑に絡み合う最前線での実験でもある。

No comments:

Post a Comment