**「しあわせ演歌の系譜――川中美幸と、情の時代」1970年代後半〜1990年代**
川中美幸(かわなか・みゆき)は、大阪府吹田市出身の演歌歌手で、1955年12月5日生まれ。本名は山田岐味子(旧姓・川中)。1973年に「春日はるみ」の芸名でデビューした後、1977年に現在の芸名で再デビューを果たし、同年の「あなたに命がけ」で注目を浴びた。以後、日本演歌界の中心的存在として活躍を続け、NHK紅白歌合戦には24回出場し、2006年には紅組のトリも務めている。
代表曲のひとつ「ふたり酒」(1980年)は、男女の切ない情愛と、静かな晩酌の情景を綴った作品で、川中の柔らかなビブラートと温かみのある声質が高く評価された。続く「越前岬」(1984年)は、北陸の荒波と女性の未練を重ねた叙情的な楽曲で、情感豊かな表現力が光る。「二輪草」(1998年)は、夫婦が寄り添う姿を草花になぞらえた名曲で、しあわせ演歌の代名詞ともなった。これらの作品は、川中自身の「人情と愛情」を大切にする音楽観を体現しており、今なお多くの人々の心に響いている。
川中の歌唱スタイルは、過度な技巧に頼らず、詞の情感を丁寧にすくいあげる点に特徴がある。声の張りと丸みを巧みに使い分け、淡々とした中にも深い情念をにじませるその唱法は、特に人生の機微を歌った曲で強い説得力を発揮する。メロディーを包み込むようなビブラートや、語りかけるような節回しは、いわゆる"しあわせ演歌"の象徴的存在として、世代を超えて親しまれている。
また、川中は舞台・ドラマにも出演するなど表現者としての幅も広く、手芸や着物など和の文化にも深い愛情を持つことで知られる。近年も新曲「恋情歌」(2023年)などで健在ぶりを示しており、円熟味を増した歌声は、今もなお演歌ファンの心をとらえて離さない。
彼女が台頭した1970年代後半から1990年代にかけては、女性演歌歌手の黄金期とも言える時代であり、小林幸子、八代亜紀、石川さゆりといった名だたる歌手たちが並び立っていた。石川さゆりは「津軽海峡・冬景色」「天城越え」などで哀愁を叙情的に歌い上げ、八代亜紀は「舟唄」「雨の慕情」で都会的な大人のムードを体現、小林幸子は「おもいで酒」の大ヒットと紅白での豪華衣装で強烈な印象を残した。
そうした中で川中美幸は、派手さよりも「寄り添う歌」「家庭のぬくもり」を大切にし、夫婦愛や日常のささやかな幸せを歌う「しあわせ演歌」を確立。他の演歌歌手とは異なるポジションを築きながら、演歌の世界に新たな感性と温もりを持ち込んだ稀有な存在である。
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