Tuesday, May 27, 2025

電波に沈む思想の海――エンツェンスベルガーと萩元晴彦の幻影(1970年)

電波に沈む思想の海――エンツェンスベルガーと萩元晴彦の幻影(1970年)

「情報産業とは、現体制を維持するための意識搾取の道具である」──ドイツの詩人・思想家ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーのこの一節は、1970年のテレビ業界にとって警句以上の告発だった。高度経済成長の只中、家庭にはテレビが浸透し、番組は日々流れゆく消費の波に溶けていた。その一方で、かつてTBSに在籍し、鋭利な問題意識を映像に宿してきた男、萩元晴彦がいた。彼は『あなたは…』『今、語ろう世界の若者』といった番組で、生放送の混沌をそのまま表現し、体制を挑発してみせた。だが今、彼の姿はテレビマンユニオンの社長としてクイズや旅番組に埋もれ、かつての闘志は影を潜めた。

ある構成作家は叫ぶ。「あなたの番組には、思想があるのか?」と。商業主義と視聴率競争に疲弊し、制作者たちは表現よりも"売れる"番組を作るようになった。エンツェンスベルガーの指摘は的を射ていた。テレビはもはや、視聴者を"考えさせない"ための装置として機能しつつあるのだ。あの頃のテレビには、怒りがあった。嘲笑が、問いが、闘争があった。だが今、画面は均され、波は眠る。思想は電波に沈み、ただ光と音の皮膜が、静かに視聴者を包み込むだけだ。

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