静かなる微生物たちの逆襲――排水処理における生物処理技術の革新と1990年代の水環境政策(1995年頃)
1995年日本の産業界は「公害克服の後」の時代に突入していた。高度経済成長期に発生した深刻な水質汚染公害訴訟の波そして1970年代の環境基本法成立を経て環境基準の厳格化と事業者責任の明確化が進められた。その中でも特に注目されたのが工場排水に対する規制強化であり水質汚濁防止法に基づいて排水基準が段階的に引き上げられ企業は「浄化技術」の再編を迫られることとなった。
こうした状況のなかで従来の化学処理に依存した排水処理から微生物の力を活かす「生物処理技術」への関心が再び高まりを見せていた。中でも好気性バクテリアを用いて汚水中の有機物を分解する「活性汚泥法」は古典的手法でありながらも改良が進み食品加工業や製紙業染色工場など多くの分野で導入が進められていた。空気を供給することで微生物の活動を活発化させBOD(生物化学的酸素要求量)の高い排水を効率的に処理する技術として再評価されていた。
また微生物を担体表面に付着させて処理を行う「生物膜法」も注目を集めていた。この方式は好気的環境下で維持されることが多く比較的省スペースで管理がしやすいことから中小規模の工場や都市下水処理場での応用が広がっていた。さらに酸素を必要としない「嫌気性消化法」では有機物が分解される過程でメタンガスが発生しそれをエネルギーとして回収できるという利点がありバイオガス発電と一体化した処理施設の構想もこの頃から現実味を帯び始めていた。
これらの生物処理技術はただ汚水を処理するだけでなく薬剤使用量の削減エネルギー回収処理コストの低減といった多面的な価値をもたらしつつあり国の「エコタウン構想」や企業のISO14001認証取得運動とも連動して進展していった。1995年当時はまた「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉がようやく産業界にも浸透し始めた時期でもありこうした微生物ベースの処理技術はまさに人間と自然が協働して環境と向き合う時代の象徴でもあった。
静かにしかし確実に働く微生物たちの力が日本の水を守る最前線にいた時代。それは科学技術と生命が響き合うひとつの倫理的風景でもあった。
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