Thursday, May 22, 2025

草の根のヤギが支える未来 ― ネパールやぎの会と小林芙美子の思想・1995年

草の根のヤギが支える未来 ― ネパールやぎの会と小林芙美子の思想・1995年

1990年代、日本における国際協力やNGO活動は転機を迎えていた。冷戦終結後、世界の貧困層や環境問題への関心が高まり、政府開発援助(ODA)とは異なる市民主導の国際支援が脚光を浴びつつあった。JICAや外務省による公式支援に限らず、小規模でも持続可能な自立支援――いわば「顔の見える援助」への志向が強まっていた。

そんな時代に生まれた「ネパールやぎの会」は、日本人主導の草の根NGOとして注目された団体である。会長の小林芙美子は、単なる物資の援助ではなく、制度としての仕組みづくりによって、現地住民の生活と精神的な自立を後押しするという哲学を貫いた。

「自然環境を守りつつ、ネパールの人々の自立の手助けをする」と語る彼女の言葉には、開発援助がもたらす負の側面――依存や環境破壊、文化的干渉――への深い理解がにじんでいる。特に印象的なのは「現金を渡しても、やぎを買わずに別の目的に使ってしまう」という現地の実情に対して、無利子・無担保の「物品ローン」という制度を設けた点である。これは単なる贈与ではなく、返済可能な小規模信用制度(マイクロクレジット)の先駆けともいえる発想であった。

さらに、「米とダル(豆スープ)だけの食生活で栄養状態も悪い。現金援助は依存心を強めるだけ。だから物で、仕組みで支援するのです」という言葉には、目の前の貧困を救うだけでなく、構造的な持続性を見据えた実践的視点が込められている。

当時、日本国内でもバブル崩壊の後遺症が社会に残り、「何のために豊かさを追い求めたのか」という問い直しが起こっていた。その文脈の中で、現地の生活に寄り添い、小さなやぎを通じて大きな未来を育てる活動は、多くの共感と支持を集めた。

ネパールの山あいで、やぎ一頭が家庭の食卓と自立を支え、日本ではその一頭に思いを託す市民の姿があった。小林芙美子の言葉には、その両者をつなぐ温かな回路があった。ヤギは単なる動物ではない。それは、人と人との信頼を編む、もっとも静かな革命だった。

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