Friday, May 23, 2025

灰から築く環境の未来――埼玉県・下水汚泥資源化の挑戦(1995年)

灰から築く環境の未来――埼玉県・下水汚泥資源化の挑戦(1995年)

1990年代中盤、日本は高度経済成長の残滓として積み上がる"廃棄物の山"に直面していた。環境基本法の施行(1993年)により「循環型社会」の形成が政策目標として掲げられ、全国各地でゴミ処理の見直しが始まった。そんな中、埼玉県は「見えない廃棄物」に着目する――それが、日々の生活排水から発生する"下水汚泥"である。

下水汚泥とは、家庭や工場から流れ出た汚水を下水処理場で浄化した後に残る泥状物質で、処理の最終段階で焼却され大量の灰となる。これまでは最終処分場に埋め立てられてきたが、埋立地の逼迫が深刻化する中、埼玉県は大胆な方向転換に踏み出す。1995年度から2年間をかけて策定された「下水汚泥処理総合計画」では、焼却灰の広域的な回収と、建設資材としての再利用体制を県全体で整えることが柱とされた。

すでに県内の多くの下水処理場では焼却が導入されており、焼却灰は軽量細粒材やレンガ、透水性ブロックなどにリサイクルされていた。これらは公共施設の舗装材や公園の歩道に利用され、東京都では都庁の駐車場や都電早稲田駅のホームに採用された事例もある。埼玉県はこうした先行事例を踏まえ、自治体を越えた"汚泥ネットワーク"の構築と、リサイクル製品の販売・流通体制の整備に乗り出す。

この動きは単なる技術革新ではなく、「ゴミに価値を見出す」社会構造の変革であり、まさに行政・技術・産業が一体となって描いた〈資源循環の理想図〉であった。下水道が都市生活の"裏側"であった時代から、下水処理が未来の建材を生む"創造の現場"へと変わる――それは、人間の営みそのものが環境と調和する新時代の幕開けだった。

埼玉県のこの挑戦は、都市の「排泄物」でさえ無駄にしないという思想の実践例として、21世紀の都市モデルのひとつに数えられるだろう。汚泥の灰に埋もれていた価値が、ここに甦った。

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