《沈黙の終わりに気づくとき――トキが消えた国の静かな崩壊 -2002年・日本》
2002年、日本。高度経済成長の爪痕が都市のすみずみに残り、バブル崩壊後の社会は未だ再生の途上にあった。そんな中で、「緩やかに壊れていく自然」への警鐘が鳴らされていた。生態系の崩壊は、洪水のように押し寄せるのではなく、雨垂れが岩を穿つように、誰にも気づかれぬほど静かに進んでいた。
その象徴が「トキ」の絶滅である。かつて日本中の水田や湿地にその姿を見せていた朱鷺は、佐渡島に残るわずかな個体を最後に姿を消した。湿地の埋め立て、農薬の使用、そして餌の減少――いずれも急激な破壊ではなかった。しかしそれゆえに、多くの人はこの変化に気づかず、あるいは"当たり前"として受け入れてしまった。
自然破壊の多くは、都市に生きる私たちの視界の外で起きている。舗装された道路と人工的な公園が"自然"の代用になり、里山や河川の変化は「知らない土地の話」とされる。2002年当時、自然再生推進法が制定され、「保全」や「再生」の言葉が政策に取り込まれたが、その一方で、人々の感受性は確実に遠のいていた。
破壊とは、必ずしも怒号や爆音とともにやってくるわけではない。むしろもっとも恐ろしいのは、「気づかれぬ崩壊」だ。自然の静かな死に、誰も警鐘を鳴らさない社会。それは、沈黙が支配する風景である。
だが、トキが消えたという事実に私たちが痛みを感じるならば、そこに希望がある。沈黙の終わりは、気づきから始まるのだから。
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