ゴミが語る秘密――情報の墓場に挑む処理業者の覚悟(2004年2月)
2004年日本社会には静かな緊張が漂っていた。個人情報保護法の全面施行を目前に控え企業も自治体も「情報」という目に見えぬ資産の管理に追われていた。だが誰もが気づいていながら目を背けていた領域があった。それは「ゴミ」だった。捨てられた物の中には個人の生活 企業の秘密 流通の履歴――あらゆる情報が眠っている。廃棄物は無言のまま膨大な記憶を抱えていた。
そんな情報の墓場に真っ先に光を当てたのが静岡県の廃棄物処理業者「チューサイ」だった。2003年12月彼らは廃棄物業界としては異例のISMS――情報セキュリティマネジメントシステム――の認証を取得した。IT企業でも信販会社でもない。廃棄物を扱う企業が顧客の信頼を守るために情報の取り扱いを可視化し管理体制を構築したのである。
契約書 回収先のリスト 処理証明書の電子データ。これらはかつてただの業務資料として扱われていた。しかし今やそれらは情報漏洩の火種ともなりうる。「誰が 何を どこで捨てたのか」を知るということは「何を 誰が持っていたか」を知ることに他ならない。チューサイは社員ごとに情報アクセス権限を設定し廃棄物の運搬記録さえも慎重に管理する体制を敷いた。
廃棄物処理はもはや「運んで燃やす」だけではない。それは情報処理であり 信頼の受け渡しであり 企業価値そのものに関わる作業となった。処理業者は社会の見えないインフラであると同時に顧客の"影の守護者"でもある。その覚悟がISMSという形で示されたのである。
「廃棄物にもプライバシーを」。その言葉は一見すると矛盾に満ちている。しかし今やそれは廃棄の現場で交わされる合言葉になりつつあった。ゴミが語る秘密をいかに守るか。チューサイの挑戦は業界に新たな倫理を根付かせようとしていた。社会の裏側で交わされる 静かな契約。その重みをようやく誰もが意識し始めていた。
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