波の底で侵略は始まっていた――バラスト水が揺るがす海の静寂（2004年2月）

波の底で侵略は始まっていた――バラスト水が揺るがす海の静寂（2004年2月）
2004年2月 国際海事機関は「バラスト水管理条約」を採択した。

これは 国際航行の副産物として世界各地にばらまかれていた見えない侵略――バラスト水に含まれる微細生物が引き起こす生態系破壊――に対し ようやく国際社会が一歩踏み出した瞬間だった。

港で積まれ 他の港で吐き出される海水には 見えない卵やプランクトン 時に病原菌までもが混ざっている。

こうした生命体が本来の棲息地を離れ 異国の海に拡散されることで 在来種が駆逐され 漁業は打撃を受け 沿岸のバランスは崩れていく。

実際 北米やオーストラリアでは 外来ヒトデや貝類の定着により漁場が荒廃。

赤潮やコレラ菌の拡散といったリスクも現実味を帯びていた。

日本でもアカクラゲの増殖などが報告され もはや他人事ではなかった。

条約は すべての船に処理装置の設置や排水前の殺菌 記録の保持を義務付ける。

寄港国や旗国に監視と責任を課し 海を共有するという意識を各国に求めた。

しかし 海という公共空間の曖昧さは この問題を長らく放置させた。

波の下で始まっていた変化に ようやく人類は気づき始めたに過ぎない。

静かな侵略は 音もなく いまも進行している。