Saturday, May 10, 2025

見えざる戦場の開幕 電子ジハードとアルカイダの遠隔攻撃宣言 2012年5月

見えざる戦場の開幕 電子ジハードとアルカイダの遠隔攻撃宣言 2012年5月

ABCニュースの記事「仮想テロリズム:アルカイダが『電子ジハード』を呼びかけるビデオ」は、2012年5月、FBIが入手し米国上院国土安全保障・政府問題委員会で公開された一本の映像を中心に報じている。そこには、アルカイダの工作員が現れ、アメリカ合衆国に対して武器ではなくキーボードによる戦い、すなわち「電子ジハード」を呼びかける姿が記録されていた。彼は、アメリカの政府機関や電力網といった重要インフラに対するサイバー攻撃を扇動し、その脆弱性はかつての航空保安の欠陥に匹敵すると主張した。

この「電子ジハード」とは、物理的な破壊ではなく、情報技術を通じた破壊と攪乱を主眼とする現代型のジハードである。政府機関への侵入、SNSを通じた心理操作、ウェブサイトの改ざんやマルウェアによる通信インフラの撹乱、さらにはDDoS攻撃など、多様な手法がこの「戦争」に用いられる。キーボードとコードを銃弾に、ネットワークを戦場に見立てたこの発想は、実際の領土を持たぬ組織にとって持続的な攻撃手段となり得る。

ジョー・リーバーマン上院議員はこの映像を「アルカイダが米国のインフラを狙っていることの最も明白な証拠」と評し、サイバー防衛の重要性を強調した。またスーザン・コリンズ議員も、アルカイダはあらゆる方法で米国に被害を与えようとしていると述べ、重要インフラの保護に向けた立法措置を求めた。

このビデオはテレビで放映されたものではなく、上院の公聴会においてFBIが提示した証拠映像である。その後、報道機関を通じて広まり、サイバーセキュリティ政策の必要性を訴える重要な資料となった。

さらに米国サイバー司令部のサミュエル・コックス海軍少将は、アルカイダのような非国家主体が自ら技術を育てる代わりに、犯罪者のネットワークからサイバー攻撃の技術やツールを購入する可能性について証言した。このような購入はダークウェブを通じて仲介者の存在のもとに行われ、ゼロデイ脆弱性の利用、感染済みのPCを貸し出すボットネットの使用、オーダーメイドのマルウェア制作、そして政府や企業のログイン情報の売買に至るまで、匿名性の高い通貨による取引が実際に行われている。

つまり、テロ組織が自前の研究開発を持たずとも、既存のサイバー犯罪インフラを活用することで、国家レベルの攻撃能力を獲得できるという構図が成立している。これが「サイバー犯罪エコシステム」であり、電子ジハードはこの闇の経済と思想戦の接点に位置している。

この2012年の事件は、サイバーテロとサイバー犯罪が融合するハイブリッドな脅威の時代の幕開けを告げるものだった。以降、国家ぐるみの攻撃やサイバー傭兵の登場にまで広がる現実の萌芽は、すでにこの時点ではっきりと表れていたのである。

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