Tuesday, May 20, 2025

微生物が掘り起こす「土の記憶」――竹中工務店のTCEバイオレメディエーション技術(1997年頃)

微生物が掘り起こす「土の記憶」――竹中工務店のTCEバイオレメディエーション技術(1997年頃)

1990年代日本社会は高度経済成長期に蓄積された「負の遺産」と向き合い始めていた。その象徴の一つが土壌・地下水汚染問題である。とくに工場跡地や軍用地都市部の再開発予定地でトリクロロエチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)といった有機塩素系化合物による汚染が次々と発覚した。

TCEはかつて金属部品の洗浄剤として多用された物質であり水に溶けやすく地下に浸透しやすい性質をもつ。揮発性・毒性が高く長期間にわたって地下水を汚染し人体にも発がん性があることが報告されたことで深刻な環境・健康リスクが広く認識されるようになった。

こうした状況下で竹中工務店が開発したのは自然界の微生物を活用してTCEを分解する「バイオレメディエーション」技術である。これは掘削や焼却といった従来の高コストで環境負荷の大きい方法とは異なり汚染土壌をその場で分解・修復する持続的かつ低負荷な手法として注目された。

当時国内外で「バイオテクノロジー」が環境分野に応用され始めた時期であり竹中工務店のこの試みは建設業による環境修復事業の新たな地平を切り開くものとして評価された。汚染された土地を「廃棄すべき対象」から「再生すべき資源」へと転換する思想も含まれており単なる技術革新ではなく土地の歴史と責任に向き合う新たな倫理的視座を提供していたといえる。

1997年当時は土壌汚染対策法(2003年施行)の制定前夜にあたり企業や自治体が自主的に対策を講じなければならない「制度の空白期間」であった。その中で竹中工務店のような大手ゼネコンが自社の責任として環境修復に取り組む姿勢は「環境への負債を未来へ送らない」という建設業界の意識変化を象徴するものであった。

この技術はその後の都市再開発や公有地転用時の環境調査・浄化にも応用され日本の土壌政策の基礎的ツールの一つとして定着していく。つまり微生物という「目に見えない労働者たち」がかつて工業化の名の下で見捨てられた土地に静かなる再生の時間をもたらしたのである。

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