Friday, August 29, 2025

刑法175条をめぐる議論 ― 昭和40年代初頭の時代背景とともに

刑法175条をめぐる議論 ― 昭和40年代初頭の時代背景とともに

刑法175条は明治期に制定され、猥褻文書や図画の頒布を禁じる規定として長く存続してきた。戦後の民主主義社会においても依然効力を持ち、1970年代初頭にはその是非が大きな論点となった。高度経済成長に伴い都市文化が拡大し、映画や出版、芸能などで表現の自由が拡張する一方で、国家は秩序維持を名目に規制を強めようとした。当時は学生運動や社会不安が残る状況で、権力側にとって175条は不都合な表現を抑圧するための便利な道具と化しやすかった。猥褻か否かの判断は主観的で時代の風潮に左右されるため、同じような表現があるときは摘発され、またあるときは見逃されるという恣意的運用が繰り返された。こうした不安定さは、法律が普遍的な規範ではなく権力維持の手段となっていることを示していた。弁護側�
�規制の時代遅れ性を訴え、国家による表現統制の危険を指摘したのに対し、検察は公共秩序維持を理由に存続を正当化した。すなわち175条をめぐる議論は単なる性表現の問題にとどまらず、戦後民主主義と国家統制のせめぎ合いを象徴する政治的課題であり、昭和40年代の日本社会の矛盾を映すものだった。

No comments:

Post a Comment