Tuesday, October 28, 2025

核の黄昏 人類一〇〇年の力のゆくえ 2020年代

核の黄昏 人類一〇〇年の力のゆくえ 2020年代

二十世紀に始まった核の時代は、いまも静かに人類の未来を裏側から握っている。核弾頭は世界に約一二二四一発あり、そのうち三九一二発が配備済みで、二一〇〇発は即応状態に置かれている。終末時計は八十九秒を指し、地政学の緊張とともに危険な秒読みへ進んだままだ。核保有九カ国が近代化を進め、中国も六百発規模へと拡大し、抑止の構図は複雑な多極へと変貌しつつある。

軍備管理の土台もひび割れた。中距離核戦力条約は失効し、包括的核実験禁止条約への信頼も後退、米ロの新戦略兵器削減条約は検証が止まり、透明性は薄れてしまった。安全を担保すべき制度が弱まるとき、疑念は増幅し、誤算の確率は高まる。

歴史は何度も深淵をのぞき込んだ。冷戦下のペトロフ事件では誤探知を現場の判断が止めた。だが、指揮統制の高速化が進むほど、次は偶然では救われないかもしれない。通常戦が劣勢の一挙逆転の手段として核使用に傾くことも、現実の戦略計算に組み込まれている。

ハラリは言う。人類は「力」を求めるあまり、自らの存在を危うくしている。科学技術は本来、恐怖を遠ざけ幸福を近づける道具だった。しかしその成功が、いまや地球規模の破局を可能にしてしまった。人間は神話を失い、目的が見えないまま力だけを増幅させ、ボタン一つで文明を終わらせられる神にも悪魔にも近づいた。

二十一世紀の初め、人間は過去より戦争と疫病と飢餓を遠ざけた。だがその成果の影で、力は歯止めを失い始めている。私たちは「何を望むのか」を定めず、ただ「できること」を押し広げてきた。結果として、地上でもっとも賢い存在が、自分自身を脅かす仕組みを築き上げてしまった。

もし暴走する力を再び手なずけるとすれば、それは制度の修復と、人間自身の成熟しかない。即応態勢を緩め、誤警報に猶予を与え、冷静な対話の回路を保ち続ける。また、アルゴリズムや兵器に決定の主導権を渡しすぎないこと。技術が高度になるほど、より多くの「人間的な慎重さ」が必要になる。

力を追う旅は、つねに誘惑に満ちている。けれども、どれほど世界を変える力を持とうと、「なぜ生きるのか」「どんな未来を選ぶのか」を語れなければ、その力はやがて私たちを見捨てる。核が示すのは、人間が自らの手で作った力が、人間を超えてしまう瞬間の冷たい予告編だ。今世紀は、その物語の結末を選ぶ世紀である。

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