新宿・1945年終戦直後の情景
終戦直後の新宿駅裏。その一角に広がる「ハモニカ横丁」は、泥と小便、嘔吐の混ざり合った独特の臭気を漂わせていた。焼け跡に生まれたこの小路は、戦争が奪ったものすべてを象徴しているようだった。人々は生きるために、ここに闇市を作り、露店を開き、物資を交換した。その狭い通路に所狭しと並ぶ屋台は、一見、活気にあふれているように見えたが、その裏には疲れ切った人々の影が滲んでいた。
俺はそんな横丁を、二日酔いで痛む頭を抱えながらふらついていた。昨日の酒がまだ体に残り、胃がむかつく。それでも足を運んでしまうのは、ここが新宿という街だからだ。泥濘に足を取られながら、俺は焼け跡の冷たい空気の中で、自分の足音だけが頼りのように響くのを聞いていた。
戦争が終わったとはいえ、街は荒廃していた。物資は不足し、食料を手に入れるために闇市を歩き回るのが日常だった。新宿駅周辺は特にその中心で、農村からの出稼ぎ者、復員兵、行き場のない孤児たちが混ざり合い、独特の熱気を生んでいた。だが、その熱気の中には、どこか虚無感も漂っていた。夜になれば横丁は一層混沌とし、喧嘩や盗み、酔っ払いが路地を埋め尽くす。そんな中で、俺は自分の居場所を探し求めているようだった。
ふと気づくと、見慣れない部屋に寝ていた。頭がガンガンと痛み、昨夜の記憶がぼんやりしている。薄汚れた布団から体を起こし、あたりを見回す。狭い四畳半の部屋には、古びた棚がひとつだけあり、その隅に置かれた文庫本が目に留まった。「マルドロドロールの歌」――手垢で黒ずんだその本を拾い上げると、過去からのささやきのように何かが胸に響いた。
この横丁に身を投じるたび、俺は何を求めているのかを自問する。焼け跡のこの街には、荒廃した風景以上の何かがある気がした。絶望と希望、喧噪と沈黙が混ざり合い、再生への道を模索する人々のエネルギーが、この場所を動かしているのだろう。そして、俺もその一部として、ただ生きるために歩き続ける。
泥濘を踏みしめるたび、俺はここに吸い寄せられる理由を考える。失ったものを取り戻そうとしているのか。それとも、新しい何かを見つけようとしているのか。この街が見せる混沌の中で、俺は今日もまた、自分だけの答えを探している。
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