Tuesday, March 4, 2025

阿奈井文彦による「三途の川を渡る - 四ツ谷 1970年11月」

阿奈井文彦による「三途の川を渡る - 四ツ谷 1970年11月」

僕は、編集部の提案で大学受験をしてみることになった。いや、こんな無茶な企画を誰が思いついたのか知らないが、乗ってしまった自分の軽率さが悔やまれる。そもそも僕には暗い受験の過去がある。高校を卒業してから何度も大学受験に挑戦したが、そのたびに失敗の連続。鳥取大学医学部、九州歯科大学、広島大学医学部、島根大学文理学部、神戸大学文学部と、志望校を転々とし、試験に向けて引っ越しまでしたものの、結果はどれも惨敗だった。広島の宝塚劇場で『リラの門』というフランス映画を観た日もあった。

そんな僕が、編集部「面白半分」の企画で再び受験に挑むことになった。今回は上智大学外国語学部ポルトガル語学科。なぜポルトガル語かといえば、受験日がこの原稿の締め切りと都合が良かったからだ。ただ、試験の数週間前から、白紙答案を提出して受験制度を皮肉ろうという計画を立てていた。しかし、いざ試験日が近づくにつれ、その計画にも揺らぎが生じる。

試験当日、四ツ谷駅の麹町口から大学へ向かう道中、周囲の若々しい受験生たちに圧倒される。僕は試験会場で居心地の悪さを感じつつも、問題用紙に向き合った。英語、日本史、国語の3科目で、出題された問題はどれも手ごわい。寺田寅彦の随筆『漫画と科学』を題材にした読解問題は、短時間で理解するにはかなりの難易度だった。日本史では「岩倉使節団について100字以内で説明せよ」という記述問題があり、国語では天野貞祐の論文の一部を引用した漢文の解釈が問われた。とはいえ、僕は結局、白紙答案を提出することもなく、なんとか試験を終えた。

思えば、僕が受験を題材にこのような体験をすること自体が滑稽だった。制度を批判するために身を投じたつもりが、結局その中であがいてしまう自分がいる。試験が終わった後、僕はポルトガルのリスボンにある酒場で、現地の女性と恋に落ちる幻想を抱きながら、この経験を面白半分に語るべきか悩んでいた。

だが、この連載記事の締めくくりとして言えるのは、受験というものが単なる個人の試練ではなく、社会制度の問題を浮き彫りにするものだということだろう。僕がこの先、大学に合格しようがしまいが、この経験が何かしらの示唆を与えることを願うばかりだ。

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