Saturday, March 22, 2025

あれは日露戦争の頃だったと思います。俺たち陸軍の兵隊は白くて美しい飯が支給されてた。最初は喜んだよ。農家出の者なんか白米なんて祭りでも食えるかどうかって代物だったからな。だがそのうちおかしくなった。足が痺れて立てなくなる。食ってるのに痩せて寝てる間にも痙攣がくる。「かっけ」って言われた。最初は「贅沢病」なんて笑ってたが笑ってるうちに死ぬやつが出始めた。

あれは日露戦争の頃だったと思います。俺たち陸軍の兵隊は白くて美しい飯が支給されてた。最初は喜んだよ。農家出の者なんか白米なんて祭りでも食えるかどうかって代物だったからな。だがそのうちおかしくなった。足が痺れて立てなくなる。食ってるのに痩せて寝てる間にも痙攣がくる。「かっけ」って言われた。最初は「贅沢病」なんて笑ってたが笑ってるうちに死ぬやつが出始めた。

海軍の連中は違った。麦飯を食って脚気は出なかったそうだ。軍医の高木大佐がそう指導してたって聞いた。俺たちの軍医は森鴎外っていう偉い先生だった。あの人は「脚気はばい菌が原因だ」と言い張ってた。麦なんて下品なもんを兵隊に食わせられるかって話だったらしい。あの人は学問も権威もすごかったが俺らからすりゃ「間違えたのなら間違えたと言ってほしかった」ってだけだ。

戦で撃たれて死ぬのは仕方ねぇ。でも飯で死ぬのはやりきれねぇ。結局戦で死んだ仲間よりかっけでやられた奴のほうが多かったんじゃないかって皆で噂してたよ。なんせ立ってもいられない歩けない寝たきりで死ぬんだからな。兵隊が戦わずに朽ちるってのは悔しいもんだ。

いま思えばあの麦飯の判断一つで生き延びた命もあった。軍の中で権威がある者が間違ってもそれに逆らう術は俺らにはなかった。ただ飯が命を奪うなんてそれだけは忘れられない。

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【関連情報(列挙)】

1. 『日本陸軍と脚気問題』加藤茂孝(講談社学術文庫)
2. 『脚気と日本人』山下政三(吉川弘文館)
3. 『森鴎外と脚気紛争』中村平三(中央公論社)
4. 国立国会図書館「近代日本人の肖像」-森鴎外と脚気に関する記述
5. 厚生労働省 e-ヘルスネット「脚気」-ビタミンB1欠乏症としての解説

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