Thursday, March 6, 2025

靖国の影、震える記者 ― ある六月の所感

靖国の影、震える記者 ― ある六月の所感

衆議院内閣委員会で靖国法案が通過したというニュースを聞いた瞬間、俺は寒気を覚えた。いや、寒気を通り越して本当に風邪をひきそうだ。そんな感覚だった。

この法案が通る日が来るとは、正直思っていなかった。戦後ずっと、靖国神社は「国家と距離を取るべきだ」というのが基本線だったはずだ。それが、こうして国会で認められるということは、政府が戦前の空気を再び呼び戻そうとしているのではないか。そんな不吉な予感が頭をよぎった。

俺が靖国神社に初めて行ったのは、学生の頃だった。鳥居をくぐった瞬間、空気が変わるのを感じた。戦死した兵士たちの霊を祀る場所としての荘厳さはあったが、どこか「戦争を肯定する」ような視線がそこにあった。それ以来、靖国という場所には違和感を抱いていた。そして今、その違和感が「国家によって正式に支えられる」という形で現実になろうとしている。

この法案が通れば、靖国神社は国家の施設と見なされ、政府の庇護のもとで運営されることになる。戦争の記憶は美談として塗り替えられ、国民の意識の中で「英霊を称える」という名のもとに、戦争の実態が歪められていくかもしれない。

もちろん、戦争で亡くなった人々に哀悼の意を示すこと自体は否定しない。しかし、靖国神社というのは単なる慰霊の場ではない。そこには国家の意思が関与し、政治が絡んでくる。「戦争で死ぬことは尊い」という思想が、じわじわと社会に染み渡っていくのではないか。そう考えると、ただの宗教施設の話では済まされない問題だと痛感する。

ニュースを聞いたあの日、俺は編集部でコーヒーを飲んでいた。だが、靖国法案の一報を目にした瞬間、カップを置く手が止まった。同僚たちと顔を見合わせるが、みんな言葉を失っていた。俺はすぐに原稿を書くためにタイプライターの前に座ったが、指が思うように動かない。何を書けばいい? 靖国法案が通過、戦前回帰か? そんな見出しが頭に浮かぶが、それだけでは足りない。もっと、この恐ろしさを伝えなければならない。

この国はどこへ向かおうとしているのか? 戦後の民主主義が崩れ始めているのではないか? そんな疑問が、頭の中で渦巻いていた。

外を見ると、雨が降り始めていた。俺の心の中にも、冷たい雨が降り続けていた。

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