Saturday, December 27, 2025

山口県周南市 帝人ファイバー徳山工場 高品質循環を目指した化学リサイクルの挑戦 1990年代後半から2000年代初頭

山口県周南市 帝人ファイバー徳山工場 高品質循環を目指した化学リサイクルの挑戦 1990年代後半から2000年代初頭
山口県周南市に立地する帝人ファイバー徳山工場で始まったボトルtoボトル事業は、日本のリサイクル政策が量から質へと転換しつつあった時代を象徴する取り組みであった。

1990年代後半、日本では容器包装リサイクル法が施行され、使用済みPETボトルの回収量は急速に増加した。しかし当初主流だったマテリアルリサイクルは、繊維やシートなどへの用途転換が中心で、再び飲料用ボトルに戻すことは難しかった。品質劣化や安全性への懸念から、リサイクル品は新品原料の代替になり得ず、出口の限界が徐々に問題化していく。

こうした状況の中で帝人ファイバーが選んだのが、PETを一度モノマーまで分解し、再重合する化学的リサイクルである。この手法は工程が複雑でコストも高いが、不純物を除去できるため、新品原料と同等の品質を確保できるという決定的な利点を持っていた。徳山工場はこの技術を実用規模で確立し、世界で初めて本格的なボトルtoボトル循環を実現した拠点として位置づけられる。

この事業が周南市で展開された背景には、同地域が石油化学コンビナートを抱え、原料供給や化学プロセスの知見が集積していた事情がある。さらに山口県が進めていたエコタウン構想の中で、廃棄物処理と産業振興を結びつける中核事業として強く後押しされた点も見逃せない。大量処理を前提とするため、年間62000トンという処理能力が設定され、全国から回収されたPETボトルが集約された。

当時の日本では、リサイクルは処理すること自体が目的化しがちであったが、徳山工場の試みは、リサイクルによって本当に資源循環が成立するのかを正面から問うものだった。単なる再利用ではなく、製品寿命を閉じた環として完結させるという発想は、後の循環型社会論に大きな影響を与えている。

もっとも、このモデルは万能ではなかった。高品質原料の安定確保、コスト負担、制度上の評価など、成立には厳しい条件が伴う。それでも徳山工場の挑戦は、リサイクルを量の処理から質の循環へと引き上げる実証例として、2000年代以降の政策と技術開発の基準点となった。

地方都市である周南市において、このような高度な循環モデルが実装されたこと自体が、日本の環境産業が成熟段階へ向かい始めた証でもあったと言える。

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